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第5回個展 -星のロザリオ-

ご挨拶

2023年9月24日-10月9日

アトリエウチノ

 

「また一緒に星を見ましょう」

流星の日、彼女はそう言って、

僕らは別れた。

古い砦が残る村はずれの丘で。

遠くにぽつりぽつりと家々の窓から

黄色い明かりがもれている。

少しだけ冷たい風に

草花と彼女の髪がゆれていた。

月のない夜、星たちは歌うようにまたたいて、

僕は村を出た。

 

季節はいつも足早に過ぎ去って、

1年がたち、10年が過ぎても、

けっきょく彼女に会うことはなかった。

若いころには永遠のように感じた

10年という響きが、

今ではあっさり消費してしまう

現実的な単位に思える。

職場に向かう道路はいつも渋滞して、

個性のない建売住宅が延々と続いている。

家と車がひしめく景色は、

風吹きすさぶ荒野より荒涼として見える。

多すぎる信号が渋滞の列をさらに長くした。

 

憂鬱で始まった朝に、

じわじわと苛立ちが積もって午後になる。

あらゆることに不平を言うのが好きな先輩が、

自分の小学校時代の出来事を話し始めた。

キーボードを叩きながら

適当に相槌を打っていたけど、

途中から面倒になって無視することにした。

昔はもっと愛想よくしていたが、

いつの間にか仕事の話しかしなくなっていた。

冗談を言って人を笑わせたり、

本当の気持ちを語り合ったり、

普通に会話する事でさえ、

ひどく無駄に思えた。

やり過ごすだけの日々が、

始まっては終わり、

また始まって、

膨大な瓦礫となって

無意味に積み上がっていく。

何の予感もなく、

何の期待もなく。

 

目覚まし時計がいつも通りに鳴った。

夢を見ていた気がする。

世界でいちばん美しい星空の夢だった。

その手ざわりにもっと浸っていたかったが、

そうもいかない。

すでに新しい一日はスタートしたのだ。

顔を洗って髭をそり、

朝食をトーストとドリップコーヒーで

済ませて、ワイシャツに着替えた。

そして手に取ったネクタイが

たまらなく嫌になり、

そのままゴミ箱に捨てた。

ワイシャツもスーツも

ゴミ箱に放り込んでしまうと、

少し気分がマシになった。

 

一度も仕事を休んだことはなかったけれど、

もう職場に向かう気はしない。

仕事は忙しくなるばかりで、

勝手に休んでは同僚たちに迷惑をかけてしまい

申し訳ないが、

どうでもいいという気がした。

同僚という言葉に

何か大切なものが欠けて

乾いた感じがするのは、

降りてしまえばもう会うことのない、

たまたま同じ舟に乗り合わせただけの

関係のせいかもしれない。

いつも不満ばかり口にしていた

先輩を思い出して、

そっとお世話になったお礼を言った。

決して悪い人ではなかった。

 

窓辺へ行くと雨が降り出していた。

予報では全国的な大雨になるらしい。

乾いた灰色のアスファルトが、

漆のように黒々と染まっていく。

雨は遠い夏の匂いがした。

 

私が求めているのは、

食卓のようなものかもしれない。

素朴な固いパンに一杯のワイン、

チーズとジャガイモでもあればいい。

傘型ランプのオレンジ色の光と静かな会話。

ささやかに乾杯して

今日一日の出来事を語り合いたい。

そんな夜を何千回も繰り返して、

年を取っていくのだ。

 

今夜、星は出ない。

私は雨雲を見上げ、

その先に今もあるはずの星を思った。

あの日見た沢山の流れ星を思った。

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